8月15日は終戦の日 大人が今伝えたいこと【こどもまなびてれび】 (24/08/15

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  • Опубликовано: 10 сен 2024
  • 79年前の8月15日、日本が負けて太平洋戦争が終わりました。15日の「こどもまなびてれび」は終戦の日に、大人たちから子供の皆さんに伝えたいメッセージです。
    ♪優しさの色の歌
    「知らなかった 青葉きらめく 大好きなこのマチが 戦争の赤に染まった夜があったなんて」
    仙台に住むシンガーソングライターの伊東洋平さんが歌う、平和を願う歌。仙台の小学生711人のメッセージをつないで、伊東さんが作りました。伊東さんは音楽を作る時、「歴史を知ること」そして「音をよく聴いて調和すること」を心がけているそうです。
    伊東洋平さん
    「きょうは8月15日ということで、いろんな情報が、皆さんの見えるところに、聞こえてくるところにあるんじゃないかなと思います。戦争のこと、その歴史を知っていって、そこからどういうふうに感じるか。そして、いろんな方がいる、いろんな人の思いがある。それを自分でも感じ取って調和をしていく。そのことがやっぱり大切なのかな。そんなふうに感じています」
    <伊東洋平さんのメッセージ>歴史を知って、いろいろな人の思いを感じて調和すること
    ジュニ君が見ているのは、79年前の8月15日の新聞。日本が負け、戦争が終わったことを伝えています。この新聞を大切にとっていたのは、若林区に住む末永哲雄さん。終戦の年は15歳でした。当時の子供たちは、日本の戦争が正しいことだと教育されていました。
    末永哲雄さん
    「偏った愛国教育をさせられたということですね。一つの方向に固まらないということですかね。広く世間を見るということだろうと思います。わが国だけじゃなくてね、全世界を見ると」
    <末永哲雄さんのメッセージ>広く全世界を見てほしい
    昭和21年10月初め、待ちに待った通知が届き、いよいよ引き揚げ準備です。宮城野区に住む出浦由美子さんは3歳の時に終戦を迎え、当時日本が支配していた朝鮮半島から日本に帰ってきました。幼かった出浦さんにその時の記憶はありませんが、お母さんから聞いた話を紙芝居にして多くの人に伝えています。帰ってくる道のりは、現地の人に襲われる危険があったり、食料も少ない船の中でたくさんの人が亡くなったり、本当に大変だったそうです。
    出浦由美子さん
    「命を大事にしてほしい。で、その命を損なうものが、自分の努力でどうにもならないような一番の阻害するものは、私は戦争だと思います。だから私たちも頑張るから子供たちも声を出して、「戦争反対」なんて言えない世の中になってしまってからではもう遅いので。皆さんと力を合わせながら、諦めずに頑張ってほしい」
    <出浦由美子さんのメッセージ>自分の命を大事に。諦めずに声を上げて
    続いては、仙台に住む漫画家の井上きみどりさん。「仙台放送LiveNewsイット!」のコメンテーターでもある井上さんは、戦争中に子供だった人たちから戦争の体験を聞いて漫画にしました。平和だった生活に少しずつ戦争が忍び寄ってきて、食べるものも着るものも少なくなり、学校でも空襲に備えるようになります。先月の戦災復興展で展示されましたが、もっと多くの子供たちに届けようと、方法を考えているそうです。
    井上きみどりさん
    「私は中高生の時に広島で育った。その頃の広島は、まだ原爆を体験した人がいっぱいいて、その体験談を日常会話の中で聞きながら育った。それで思ったのは、平和は当たり前にあるものではないということ。平和は人間が努力して作るものだということ。大人も子供も関係なく、平和をみんなで作っていきたいと思っている」
    <井上きみどりさんのメッセージ>平和は人間が努力して作るもの
    伊東洋平さんの作った、平和を願う歌はこう結ばれます。
    ♪優しさの色の歌
    「続いていくものじゃなくて この手で描き紡いでいくんだ ぼくたちへ 明日へ 次のきみたちへ 平和を この歌を 虹色の架け橋を」

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